2011年7月7日木曜日

根絶治療と対処療法

あらゆる疾患に対して、どれくらい根絶治療が行われているのか考えてみた。

根絶治療とは、病気の原因を特定し、その原因の元から病気自体を治療し改善するもの。
一方、対処療法とは、原因そのものを特定せず、起きている症状のみを緩和し、現在の状態を改善しようとするもの。

現在日本の医療体制は様々な病気を細分化し、各科で診察、治療が行われている。
その中で、どれくらい根絶治療が行われているのかと言えば、ごく少数ではないだろうか。

例えば、一般的な例で
  • 歯科治療:虫歯で治療に訪れるが、虫歯菌自体は根絶できず、虫歯になった部分だけ治療する。
  • 整形外科:骨折や裂傷などの外傷などに於いては、起きた事象に対し根絶治療と言えるだろうが、神経痛や手術困難な病状に対しては、やはりリハビリテーションを施し、消炎鎮痛剤(湿布薬など)を用いて理学療法を数年に渡って、症状が軽減されるまで行う。
  • 皮膚科:あらゆる細菌感染や病変のために、皮膚症状がある場合、血液検査を行った上で原因を特定し、薬剤で治療をするが、その殆どが原因を特定できたとしても根絶するのは非常に困難で何年間も患者は治療しなければならない。
  • 内科:様々な臓器の異変を特定し、原因が判明し解明されているものに対しては、化学療法や薬物療法、手術において病態自体を根絶することは出来るが、ある疾患に於いては根絶そのものが難しく対処療法によって軽減させる場合も存在する。

中々例を挙げるのも各分野が多いため、紹介するのは難しいが、ここでは精神科領域について述べたいと思う。
そもそも精神疾患の中で、遺伝的要素が判明しているものは、ある程度存在するが、その治療は並大抵のものではない。
治療の多くは薬物療法や心理療法というアプローチが行われているが、薬剤を処方する際、現在起こっている症状に対し対応するものだ。
心理療法も同じだ。
難しいのは、原因が特定できていても、それを根絶するのは不可能と言える。


根絶治療は基本的に原因となるものを、あらゆる手段を持って排除することが目的なのだが、二次的な問題を対処しなければならない。
しかし、そこには患者の 『体質』 や 『生活環境』、『家族関係』などの要因が絡み合い、病気自体を根絶できたとしても、完治するまでの間に患者が負った 『心的外傷』 は大きく後々影響する。

そこで認知行動療法が必要となってくる。
生活指導や食事療法、病気を克服した後、あるいは闘病中の対応の仕方など患者自身にこれからしなければいけない注意点など様々な勉強を学んでもらう必要がある。
その目的は、心的外傷に陥ってしまわないようにすることだ。

最近では一般的にもトラウマという言葉はよく使われている。
このトラウマ(トラウマティック:ある特定の過去の記憶を呼び起こす現象)は、PTSD(心的外傷ストレス障害)へと移行する原因となる。
しかし、ほとんどの場合に於いてトラウマは病的な症状にまでは発展しない。

認知行動療法とは、病気や事故によって記憶された痛みや恐怖体験など、事象自体は和らぎ完了しているにも関わらず、脳に刻まれた過去の体験を再現してしまう(実際には痛みや苦痛は解消され科学的根拠を示さない)患者に対して、それらは脳の誤認が引き起こしていると認識させる方法の一つ。
この療法がもたらす効果は、患者が「痛みがまた襲ってくるのではないか」や「あの時の恐怖がまた繰り返されるのではないか」といった恐怖感を心理的に取り除く事によって、自分には可能なのだと自信を与えることにある。
たとえ、以前とまったく同じように思考や作業が出来なかったとしても、心の中に可能性を見出す事によって、積極性を持たせることに意義がある。

それは、多くの場合、パニック発作に代表されるような「また起きるかもしれない」前駆心理によって消極的になり、憂鬱感を抱え、自殺願望(意図的、非意図的)の危険性を持っているからである。
患者の訴える、耐え難い苦痛は患者本人にしか実感する事は出来ない。
しかし、「耐え切れない」と言う思いは確かなものである。(作為的、あるいは演技性障害は除く)
その訴えを受容しつつカウンセリングと作業療法を行っていく。

たとえば、癌疾患を患った患者は心理的に『癌は転移する』 『治らない』 といった不安感や恐怖感を持つ。また胃・十二指腸潰瘍などの患者も日常的な痛みから、もしかしたら『癌になるかもしれない』 『手術で切り取らなければならないかもしれない』 と同じように不安感を抱えやすい。
化学療法によって、疾患自体は和らいだり完治しているにも関わらず、警戒心は増大する。
そのような時、「気の持ちようだ」とか、「精神的な問題だから」と家族や周囲の人は励ますつもりで説得しているのだが、患者自身は「だれも解ってくれない」と突き放された気持ちになる。
経過観察の受診の際にも、医師に執拗と感じさせるほど「本当に大丈夫なのか」と確認を繰り返してしまう。

こういった場合に有効的なのが、認知行動療法なのだ。
その患者の性格や傾向を観察しながら、必要であれば放射線画像を見せ、本人が納得の行くように丁寧に説明し、安心させる。
また、身体症状を訴える場合には具体的な内容を聞き取っていく。
食事をすると痛むような気がすると言えば、軟らかい物や食べやすいと思う物を少しづつ食べてみてはどうかと提案し、新陳代謝が悪くなると、どのような弊害が起きてくるのかといった予測的な問題も提案してみる。

患者は非常に自分の体に対して過敏になっている場合があり、その不安を解消させ、達成感を味あわせる事によって自信を持たせていく。
そして、一つ、二つと不安や恐怖感から開放され、やがて警戒心が消えていくのだ。

医療従事者にとっては、誰が説明したとしても同じ内容なのだが、訴えによく耳を傾け、具体的かつ有効的な提案を根気よく続けてくれる人が、患者にとっては最も信頼の置ける『医者』なのだ。

臨床心理士は、医師ではないが患者にとってはとても大切な存在であるのは間違いない。
そして、どんな化学療法や薬剤よりも有効な手立てであり、患者や家族にとって生活の向上が見込める方法であると言っても過言ではない。
それくらい、心理的な問題は負担が大きく、医師、患者双方にとって負担が軽減し、最短での回復を目指すためにも認知行動療法を広く活用されるよう期待する。

化学療法、薬物療法、心理療法、認知行動療法、各々持ち場は違っても、目指す最終地点は出来得る限りの根治治療であって、医学界の古い垣根を取り除き、各分野の専門家の連携をもっと緊密に図れたならば、それは正に全人的総合診療と云える。


最後に、患者にとって最もつらいと感じる医師からの一言は、 「精神的な問題ですよ」 であるのを常に覚えておくと良い。